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山口地方裁判所 昭和33年(わ)66号 判決 1958年12月15日

被告人 西川砂

主文

被告人を懲役三年に処する。

但し本裁判確定の日より四年間右刑の執行を猶予する。

本件公訴事実中強盗の点は無罪。

訴訟費用中証人A、B、Cに支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は八幡市に於いて医薬品の配置販売業を営む堀清次郎に雇われ売薬行商に従事していたものであるが、昭和三十三年二月十四日、宇部市内の得意先を廻つて置薬の入替や集金を行い同日午後四時頃得意先の家を尋ねるため同市東区則定二区B方に立寄つた際、同人の次女A(当時十一歳)が一人で留守居をしているのを知るや、同女が十三歳未満であることを認識しながら、同女を欺いて同女の身体を弄び猥褻の行為をしようと考え、同女に対し身体が悪い様だつたらいけないから見てあげようと申し向け、同女をB方の座敷に寝かせた上同女の着用していたモンペ、ズロースを脱がせ、恰も診察をなす如く装つて同女の腹部を右手で抑えた後同女の陰部を右手で数回擦り、膣内に右手指を挿入し、以て同女に対し猥褻の行為をなし、因て同女に対し全治約二週間を要する外陰部擦過傷を負わせたものである。

(証拠の標目)

一、被告人の当公廷に於ける供述(第一回)

一、被告人の検察官に対する昭和三十三年二月二十五日付供述調書

一、当裁判所の証人Aの証人尋問調書中、被告人が同女を縛し箪笥抽出を開け赤い財布のような物をいじり紙のような物を丸めてポケツトに入れて逃げたとの強盗の点に関する部分を除き、被告人より判示の如く猥褻行為をされ、陰部に痛みを覚え、医師の診察を受けたことに関する供述部分

一、医師品川馨作成の診断書

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第百八十一条第百七十六条後段に該当するので所定刑中有期懲役刑を選択し所定刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処するが、本件犯行後被告人及び被告人の実父等より被害者の両親に対し謝罪の意を表した結果被害者の両親に於いても之を諒として被告人の処罰を求めない意向を明かにしているし、その他諸般の情状をも考慮し同法第二十五条第一項により本裁判確定の日より四年間右刑の執行を猶予し、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により訴訟費用中証人A、同B、同Cに支給した分は被告人の負担とする。

(無罪の説明)

本件公訴事実中強盗の点は被告人はAに対し判示の如く猥褻行為をなした後、即時同所に於いて金品を物色して強取せんことを企て、同所にあつた二本の腰紐及びマフラー二枚を用い前記Aの手足を縛りあげた上猿轡をさせて同女の反抗を完全に抑圧した後、同家箪笥抽出よりB所有の現金二千円を強奪したものであるというものである。

よつて証拠により審究するに、被告人は逮捕以来警察、検察庁の取調及び当公廷の審理を通じて判示強制猥褻の犯行は認めながら強盗の点は一貫して否認を続けているのに対し、本件強盗の被害者とされるA及びその母Cは本件強盗の存在を裏付ける趣旨の供述をなしている。即ち判示猥褻行為後の行動につき、被告人は検察官に対する昭和三十三年二月二十五日付供述調書に於いて、Aの膣内に指を挿入したところ、同女が痛がつて悲鳴を挙げお母ちやん来てえと声を立てたのでびつくりして立ち上り泣き出したAのモンペを上げてやり、勘忍してねとなだめて入口から逃げ出した旨供述しているのに対し、Aは当裁判所の証人尋問調書中、判示猥褻行為を受けた旨の供述に続いて被告人は自分にモンペとパンツをはかせてから洋服掛にあつた少し赤味の帯びた紐で手を十字に組んで縦に二重位にして蝶々結びに縛り、同じく洋服掛にあつた色は多分赤白と思われる紐で両足を合わせて足首の所を一回廻しその紐の片方を膝の所で廻し下の紐と片方だけの蝶々結びにして縛り、洋服掛にあつた紫色と赤の二枚のネツカチーフを重ねて上の方を後で固く結んで猿轡をし、顔に毛糸のチヨツキを被せた。猿轡をするには口の中には何も入れなかつた。抽出の把出の音がしたので頭を振つたらチヨツキがずれたので袖の穴から左の方を見ると、被告人が箪笥の抽出しを開けて何かして居り、赤い物が見えたが、その抽出には自分の家の赤い財布が入つていることを知つているのでその赤い物は家の財布だと判つた。被告人が紙のような物を丸めてズボンのポケツトに入れるのが見えた。被告人は抽出を閉めてかんねんなと言つて出て行つた。出入口の戸が閉まると直ぐほどき始め、先ず柱でするとネツカチーフがのいたので口で手の縛めを解き次に足を解いた。ほどくのには簡単ではないが大して時間はかからなかつた。箪笥の抽出しから着物がはみ出ていたのでそれを納め父の下駄をはいて外に出、家の前の土手に上つたところ、被告人が自転車に乗つて公会堂の方へ行くのが見えた。大分経つて薄暗くなつてから母が帰宅したので、被告人が自分を縛つて箪笥をいじり財布の様な物を出したところを話したところ、母は箪笥を調べ金がないと言つていた旨供述し、又Cは当裁判所の証人尋問調書に於いて、当日十四日午後六時過頃帰宅したが、その際留守居のAより留守中薬屋の小父さんがAにいたづらをし、顔に毛布を被せ、箪笥を開けたがその時赤い物が見えたとの話を聞いたので、財布を入れて置いた箪笥の一番上の抽出を調べたところ、中は一寸乱れており、底に入れてあつた臙脂色の財布中より二日前の十二日朝に見た時には確かに残つていた筈の封筒に入れた二千円の現金が紛失していることが判明した旨供述している。従つてもしA及びCの右各供述が共に信用に価するものであるなら被告人の否認に拘らず右各供述は相補つて本件強盗の事実を立証する有力な資料となり得るのであるが、右各供述の証明力につき検討するに、Aの右供述部分は以下説明する如くその内容に不自然さや不合理な点が存し、その真実性を保障するに足る裏付を欠く上に、Cの供述との間に説明し難い矛盾が有り、児童の供述の特異性を考え合わせ、本件強盗の事実の証拠として措信し難いものと断ぜざるを得ず、又Cの供述は内容上Aの供述を離れて単独では強盗の事実を立証するに足らないものである。次にAの右強盗に関する供述部分の証明力につき検討する。

第一に同女の右供述は詳細且写実的であるがその中に述べられた被告人及び同女の行動には少なからぬ不自然さや不合理が存する。同女の供述によれば被告人は同女に対し猥褻行為をなして同女が泣き出したところその手足を縛し強盗に着手したというのであるが、猥褻行為をする際には束縛しなかつたに拘らず猥褻行為を終えた後に手足を束縛したということ自体稍不自然の感を与えるのみならず、猥褻行為をなす際には同女を束縛するを要しなかつたが同女が泣き出したので金品を物色し強奪するには邪魔にならないよう同女を縛り上げる必要があつたと解するにしても、Aの供述によれば、前述の如く手足の縛り方は紐の巻きつけ方も結び方も極めて簡単であり、猿轡といつても口中に布を押込んだのでもないのであるから、此の様な粗漏な縛り方で泣き騒ぐ同女を抑え得るか疑わしく、且その縛めは同女が供述する如く自転車で逃げ出した被告人が未だ家の近所を去らない程度の短時間内に同女の自力でほどき得るものであつたとすれば、如何に子供相手とはいえ、苟も強盗の手段として相手を縛り、而も一応猿轡をはめチヨツキを被せるまでの念入な手数を厭わない者が何故此の様な粗漏な縛り方をしたのであろうかという疑問を感ぜざるを得ない。又当裁判所の検証調書によれば、B方はバラツク式の少さな家で同じくバラツク式の近隣の家々と隣接乃至近接していることが明らかであり、Aの供述及び被告人の司法警察員に対する昭和三十三年二月十五日付供述調書によれば当時家の近くに人が出ていたことも認められるのであるから、猥褻行為をされ驚いて泣き出したAに対し更に手足を縛る等すれば当然一層烈しく泣きわめかせ、近くの者に怪しみを惹起し、犯行を発見される惧のあることはたやすく予想し得た筈であり、B方の屋内の様子も一見目ぼしい金品等有りそうに見えない外見であることを考えれば、後述する如く当時差当つて小遣銭に不自由する状態にもなかつた被告人が敢えて此の様な危険を犯して強盗を決意し同女の手足を縛つたということには可成りの疑問が感じられる。又もしAが恐怖、驚愕の余り大声で泣き騒ぐこともし得ない状態にあつたとすれば、強いてその身体を拘束しなくとも犯行の妨とはならない筈であり、手足を縛り猿轡をはめる等の手数をかける必要もなかつたことになる。要するにAの供述に現れた被告人の強盗行為には可成り不自然な点が存するといわなければならない。次にAが縛めを解くに要した時間につき検討する。当裁判所の検証調書によれば、Aが被告人の自転車で逃げて行く後姿を発見した時の被告人の位置は同女の指示によればB方から約五十六米の地点であることが認められる。右被告人の位置は実地について同女に任意に指示させて得られたものであり、且児童は一般に印象の把持力に於いては勝つているものであるから、同女の指示は実際に事件当時目撃した被告人の位置と大差ないものと認められ、少なくとも同女が後姿を見て被告人であることを知り得た程度の近さであつたことは疑いない。而して被告人の当公廷に於ける供述によれば、被告人は当日自転車に施錠せず自転車から薬箱も下さなかつたというのであるから、被告人が戸外に出てからAが土堤に上つて被告人の姿を発見するまでに経過した時間は極めて短時間でなければならず、従つて箪笥の抽出からはみ出た着物を元に納め外へ出て土堤に上るに要した時間を除けばAが縛めを解くに要した時間はより短いことになり、斯る短時間に同女が二枚の猿轡と手足を縛つた滑りの悪い綿製の二本の腰紐をほどくことが出来たということには大きな疑問があり、経験則上納得し難い不合理と言わなければならない。

第二、Aの供述にはその真実性を保障するに足る裏付がなく、却つて母Cの供述との間に単なる記憶違いとしては説明し難い矛盾が存する。Aの供述によれば、縛めに用いた紐の色、長さ、ネツカチーフの色は証拠品として提出された腰紐(証第一、二号)ネツカチーフ(証第四、五)に略一致し、財布の色、置場所についても実際と一致し、その他同女の供述と当裁判所の検証調書によつて明らかな現場の状態との間にも矛盾は認められないのであるが、以上の諸点はAが日常見慣れて熟知している事柄に属するから必ずしもその供述の真実性に対する積極的な裏付とはなり得ない。Aが帰宅した母Cに対し本件強盗の被害事実を訴えたことは、母Cの供述に照らして真実と認められる。しかしA及びCの各供述によれば、Cが帰宅したのは午後六時過頃と認められるから被告人が逃げた後母Cが帰宅するまでには少なからぬ時間が経過しており、CがAから事情を聞いたのは決して事件直後ではなく、Aは母が帰宅するまで少なからぬ時間只一人で留守居を続けた訳であり、その間恐怖と烈しい精神的衝撃の中に置かれていたことは想像に難からず、此の様な異常な心理状態を経た後なされたAの物語りは、同女が空想に富み事実と想像を混同し易い年代の児童であることを考えれば、事件後比較的接近した時間に本人の口から物語られたという一事を以て、直ちにその内容がその侭真実を語つていると断ずることは出来ない。次に抽出の中が一寸乱れ財布の中の二千円が紛失していた旨のCの供述は一応Aの供述の裏付をなす如くであるが、日常頻繁に使用している財布中の現金の残高については出し入れの頻繁なこと等より屡考え違いや記憶の混同を犯すものであり、殊に何等かの先入観念に支配される時はその傾向が著しいと考えられるからCがAより犯人が財布をいじつたと聞いて調べた結果、二日前見た時には残つていたと記憶している二千円が紛失したと判断した場合、その判断には必ずしも誤りの可能性なしとせず、又Cが右二千円の存在を確かめた時から事件発生まで二日を経過しているが、Cの供述によれば、B方では昼間は両親とも家を開け子供が学校から帰るまでは一家不在となることが認められるから、金員紛失の原因も被告人の所為以外に考えられない訳ではなく、又判然とした特徴のない些細な抽出の乱れの如きが直ちに被告人の犯行を示し得るものでないことは明らかであり、結局Cの供述も強盗の事実に関するAの供述の真実性を保障する裏付とはなり得ない。然もCの供述によれば、AはCに対し最初は被告人に毛布を顔に被されたと物語つたことが認められ、この点は当裁判所の証人尋問調書に於けるAの供述と相反するのであるが、顔に何が被されたは被害者の記憶に判然と残る筈の事柄である上に、チヨツキと毛布とでは形状、大きさに大差があり混同の可能性も少なく、然も同女が紐、マフラー等他の点では実際の物品と略一致する詳細な供述をしていることを考えれば、右毛布の点は単なる記憶の誤りとしては説明困難な矛盾である。然ももし被せられた物が毛布であるとすれば、把手の音がしたので頭を振つたら顔を覆つていたチヨツキがずれ袖の穴から被告人が箪笥を開けているのが見えた旨のAの供述の真実性も疑われることとなる。

第三、検察官はAが天真爛漫な児童であることをその供述の信憑性の一理由として主張しているが、一般に幼児及び児童の供述には成人に比し暗示に陥り易く、事実と想像とを混同し易い特徴のあることは経験則上明かであり、殊に本件に於いてはAは母の留守中他人より思いもかけぬ猥褻行為をされるという精神的衝動を受けた上、事件後母親から自己の物語を裏付ける如く財布の金が紛失したと聞かされ、種々問い訊されているのであるから、その供述に前記の特徴の現われる可能性は十分考えられるのである。Aの供述の詳細にして写実的なることも、児童の証言に於ける前記の特徴と、同女の供述内容が殆どその日常見慣れている物から成ることを考えれば必ずしも供述の真実性の証左とは為し難い。

以上によりAの供述中強盗の事実に関する供述部分は措信し難いものと認めざるを得ない。Cの供述についてはAの供述を離れて単独では強盗の事実を証明するに足りないことは前述した通りである。

而してA、Cの供述の外他の証拠を検討するも本件公訴事実中強盗の点を証明するに足る資料は存しない。犯行の動機の有無につき一言するに、被告人及び証人堀清次郎の当公廷に於ける供述及び被告人の検察官に対する昭和三十三年三月二十日付供述調書を綜合すれば、被告人は行商に出る際自己の小遣として決められた金は持つて出ないが、煙草銭程度のものは集金中より費消してつけ出しておけば後日主人が或程度見てくれることになつて居り、飲食代、映画代等も正式には認められていないが慣習として集金中より費消して帰店後清算する慣しとなつていたことが認められるから、行商中の小遣には格別不自由を感じない状態にあつたというべく、一般的な金欲しさを考える以外に格別の動機は認められない。又強奪した金の処分等についても、当公廷に於ける証人堀清次郎の供述及び同人の検察官に対する供述調書並びに押収に係る旬計表(証第七号乃至第九号)によれば、逮捕当時被告人保管に係る薬用行李中には現金五万百五十円と別にまとめた現金四千百五円が入つていたが、右金員は当日の集金、釣銭及び前日までの集金として一応説明のつく金であることが認められ、証拠上右金員にB方から強奪した二千円が含まれていると断ずべき理由はなく、又被告人が逃走後逮捕されるまでの間に右二千円を処分したことを窺う証拠もない。結局本件公訴事実中強盗の点は犯罪の証明がないことに帰するから刑事訴訟法第三百三十六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 永江達郎 竹村寿 高橋正之)

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